窯元をめぐる旅日記も三回目を迎えました。 今回は秋田の星耕硝子さん。
大学生がはじめて見たスタジオガラスの工房。 感じたことを素直に書き綴ってもらいました。

投稿日 : 2014.12.4 記事 : 樫田那美紀 写真:今野昭彦

「星耕硝子」−
私はまず、その言葉の持つ音に胸の高鳴りを覚えました。

「seikou」という音の凛とした響き。
「星」という幻想的なイメージを起こさせるのひと文字と、「耕」という大地を連想させる強い言葉。

そんな静かに輝く星のような名前をつけられたガラス工房とは一体どんなところなのか。
山の木々が赤や黄色に色付き始める10月のある日、
秋田県の仙北平野にある「星耕硝子」を訪れました。

辺りは、地名の「平野」という名も頷けるほど、田んぼが果てしなく続いています。
稲刈りを終えた薄茶色の大地は、少し寂しげです。

田んぼのあぜ道を車で走ってたどりついたそこには、
曇空を背景に建つ、落ち着いた配色の予想以上にこじんまりとした工房。
なんと農家の納屋を改装されたのだとか。

本当にここがあの「星耕」硝子なのか―?
私の中のキラキラとした音のイメージとは少し違う、衒いのない落ち着いた工房の外観には、
初めすこし驚きを覚えたのも事実。

しかし工房の奥に一点の紅い炎を認めた瞬間、
―まるで「耕」されている農地に降り立った一点の「星」のような―
「ああ、ここだ」と頷きました。

中では、作り手の伊藤嘉輝(いとうよしてる)さんが作業をされています。

人が三人も入ればぎゅうぎゅうになってしまいそうな小さな作業場。
それは伊藤さんの「スタジオガラス」という手法ゆえ。

「スタジオガラス」とは、民藝のガラス職人の中では随一の存在とも言える「倉敷ガラス」小谷真三さんが確立した手法。
吹きガラスは工程ごとに分業して複数人で作るのが一般的ですが、小谷さんはすべてを一人でこなす工房の作りと作業手法を自身の手で作り上げたのです。

伊藤さんも小谷さんに憧れて、社会人時代を経て一念発起、ガラスの道を志した一人。
なんと工房の仕様も原料もつくり方も、なにもかも小谷流を貫いています。

しかしもやい工藝店主、久野恵一さん曰く、つくり方は小谷さんの真似をしながらも、
出来上がるものは決定的に違う。
伊藤さんらしさというものがはっきり表れているのだとか。

使用する硝子は廃材となったビールの瓶や調味料の瓶などを再利用したもの。
いわゆる「再生硝子」です。
工房の傍には色とりどりの瓶でいっぱいになった何箱もの瓶の山が。
中にはシールなどが剥がれづらいものもあり、それが少しでも残っていると硝子として使うことができません。それを一つ一つ根気よく丁寧に洗う作業の大変さは、きっと想像以上。

久野さんはガラスを吹く前のこうした事前作業に、伊藤さんの丁寧な仕事が表れていると語ります。

伊藤さんの元にこなければ廃材として処分されてもおかしくない瓶たちは、
火と手仕事でどのように生まれ変わるのでしょうか。

まず、硝子を窯で溶かします。

時々ガラスを回しながら、満遍なく火を当てます。
伊藤さんの柔和な笑顔が一転、真剣なまなざしで窯を見つめます。

続いて吹きの工程。

真っ赤なガラスを高く掲げ、息を吹き込みながら手早く回します。

再び窯へ戻し、また吹き、を繰り返すことでガラスが変化していきます。

その後、成型。

伊藤さんの手早い道具さばきで、みるみるうちにその形が表れていきます。

ハンドル付けもじっくりした手で、でもあっという間に。

そしてこちらmoyaisでの取り扱い中の短脚ワイングラス(角・青)。

実はこのグラス、さきほどの一つのガラスの塊から一気に作品をつくる工程とは少し違う、
グラス、持ち手、脚、三つのパーツが別々に作られ、くっつけられているのです。

どこか繊細な雰囲気を残しつつも、毎日の「用」をしっかりささえる工夫が施されているように思います。
そして気になるのはグラスに施された表面の美しい凹凸。

この「モール」という機械の中で硝子をひねることで付けられているのです。

そのぐっと目が吸い寄せられるような青いグラスに一目惚れ、私も買わせていただきました。

食前酒のワインを注いで素敵なディナーを演出・・・といきたいところですが、
やっぱり私は大切に呑みたいとっておきの日本酒を注いでしまいます。

ガラスって冷たい?夏のものでしょ?
そう思っていた私の生活が、また少し変わりました。
このグラスを持つ手、あてがわれる口にどこかぬくもりを感じます。

今頃雪がしんしんと降っているであろう北の大地に建つ工房を想いながら、
次はなにを飲もうかな、とグラスを手に眺めてしまう、私でした。

樫田那美紀
樫田那美紀
静岡在住の学生。
柳宗悦の著書との出会いをきっかけに民藝に興味を持つ。学生のうちに多くの手仕事の現場を見たい知りたいという想いから現在絶賛勉強中。

星耕硝子はこちらです。

アーカイブ

第一回 小代焼 ふもと窯
第二回 小鹿田焼 ここは皿山。大分の秘境へ
第三回 星耕硝子 北の大地で出会う 煌く手仕事
第四回 読谷村北窯、学習帖
第五回 読谷村北窯 松田共司工房へ

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